2015年1月19日月曜日

15号車夢録





新幹線でうとうとしている。
15号車。誰も乗っていない。
結露した窓を指で抜く。
寒そうな関ケ原。風がびょうびょうと鳴っている。
音は聞こえない。もちろん聞こえないんだけど。

A-4という椅子を開発した。
万人に好かれる椅子とはなんだろう。
ずっとそう考えてデザインした椅子だ。
自分の店だけで売るのはもったいない。
出来上がったA-4を見てそう思った。
友達の家具屋にも紹介したい。
そんな訳でこうして西に向かっている。

朝露の野営地。
テントを出た途端の不吉な曇天。
リチャード(1世)は思う。
何もないこの荒野にどれだけの価値があるというのか。
視線の先に苦虫を噛み潰したようなフィリップ(2世)の顔。
わかっている。わかっているが。
「おはよう。まだやろう」
盟友の肩を抱いた。
この山並みの向こうで奴が待っている。

それにしても。
寒い車両だ。
寒くて暗い。
一度脱いだコートを着込んであたりを見回した。
熱いコーヒーが飲みたかった。
車両の向こう、デッキに人影。
ワゴン販売の女性が顔から入ってきた。
ゆっくりと僕に近寄ってくる。

サラディンは悲しく透き通った目をしていた。
リチャードは奥歯を噛み締めてかろうじてそこに立っていた。
「我々は遠くから来た」
「そして遠くまで行くのだ」
内蔵を吐き出すようなリチャードの言葉に
サラディンは微かに頷いた。
リチャードの側兵が背後でジリッと動いた。
サラディンが静かに唇を割った。
「私たちは・・」

その女性から受け取ったコーヒーを手に取った。
おつりの硬貨を渡された。
ほぼ表情のないその女性が一瞬窓の外に顔を向けた。
私は両手で暖かいカップを持ったまま、つられて窓の外を見る。
遠くに大きく連なる山並みが見えた。
大きい山だ。どれだけ大きいかはわからない。
ものごとは、
近すぎても
遠すぎても
早すぎても
遅すぎても
その実態を掴めないものだ。
顔を戻すとその女性がじっと私を見つめていた。
そして言った。
「中身をこぼさないようにお気をつけ下さい」


「私たちは・・・ここにいる」
「どこに行く必要もないのだ」
サラディンの透き通った美しいガウンが揺れた。
「なぜなら」
言いかけたその時。
遥か東からの風がドウッと吹いた。
リチャードの側兵が動いた。
風のように視界からサラディンが消えた。
リチャードは手すりに駆け寄り下を見下ろした。
長い螺旋回廊の下からサラディンがあの目で見上げていた。

窓からの光りとザワザワとした気配に目を覚ました。
車両の人々がめいめいに降りる支度をしていた。
列車が大阪駅に着こうとしていた。
あわててカバンとコートを掴んで立ち上がった。
コロッとコーヒーの空きコップが落ちた。
拾い上げた。
大阪駅のホームは冬の陽だまりに溢れていた。
携帯を取り出して先方に電話をかけた。
「今着きました。あと30分くらいで・・」

祝福の光りに照らされた、
ボロボロの帰還行軍。
野の花の咲く道すがら、
リチャードは聞き逃した彼の最後の言葉について考えた。

分かりようもなかった。

振り返り
振り返り
遥かな
山々を望み、


彼はなぜか故郷の妻と子供のことを思った。