2015年5月11日月曜日

ダリは戦車に乗ってやってくる (前編)


2006年。

表参道ヒルズがオープンしたその年、僕らは外苑前にインテリアショップ・「AREA Tokyo」をオープンさせた。

この時期の周辺では、2003年に六本木ヒルズオープン、2007年、東京ミッドタウンオープン、同じく2007年、新丸の内ビルディングオープン、2008年、赤坂サカスがグランドオープンしている。

青山、代官山、広尾、中目黒、六本木、赤坂、丸の内。この時代の「狂乱東京再開発協奏曲」を先導したのは小泉元首相の規制緩和政策だった。僕らはこの時代のど真ん中に神奈川から東京進出を果たしたのである。景気の追い風に吹かれた良いタイミングだったと思う。

あの時の東京。今でも憶えている。街の空気が浮ついていた。上品な服に身を包んだ男たち女たち。みんな足取りが軽やかだった(ちなみにその後ファストファッションが入り一気に街がみすぼらしくなるのだが・・)。東京カレンダーやLEONなどの雑誌やタウン系ネットニュースでは毎日新しいトピックスが追加されて、誰もがことごとくそれに乗っかった。It's Brand-New-Daysだ。そして、この景気は後に、「ITバブル」に続く「実感なき好景気」(第14循環・73ヶ月間)(いざなぎ越え)という正式名称を与えられた。

実感なき?

当たり前だ。オンリー東京の景気浮揚だったのだから。

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メルセデス、BMWはもとより、マセラッティ、フェラーリ、アストンマーティン、AREA Tokyoの前にはぞくぞくと高級車が止まった。200万を越えるソファや1000万を越える壁面収納が右から左に売れた。広告代理店社長、大手外資IT会社取締役、大手新聞社重役、不動産チェーン社長、大御所女優、現役スポーツ選手などなどがお店に溢れた。忙しく、しかしキラビやかな日々の中、僕らは自分たちの成功を知った。

そんなある日、店に戦車みたいな車が止まった。見たこともない車だった。ちなみにこの車は後になって判明するのだが、その名前をここでは言えない。世界中を見ても所有者が少ないため、ここに書くとそのお客様名が判明してしまうからだ。

真っ黒のウィンドウがゆっくりと下がり、しばらくしてまた閉められた。すると、バクリと分厚い音をたてて後部座席のドアが開いた。僕はカウンターからゆっくりと立ち上がる。VIPなのは間違いない。しずとしずと小柄な和服の女性が降りてきた。お店に入店すると彼女はスッと僕にお辞儀をした。

驚くどほど美しい所作のご婦人だった。「いらっしゃいませ」僕も慇懃に頭を下げて名刺を取り出した。「私がおうかがいします」するとご婦人は「ありがとうございます」と答えて、ふいっと車に戻った。今度は逆側の後部座席のドアが開いた。大柄な初老の男性がぬうっと降りて来た。僕はその顔を見てウッと喉を詰まらせた。

なんと表現すればいいのだろう。常人ではないのだ。この世の威厳を全部集めて人の形にしたらこんな人物になるのだろうか。そんなふうに思った。政治家でもない。ヤクザでもない。その程度なら何人か知っているが、その類いのオーラとは根本的に違う。

そのお客様はサルバドール・ダリのような口ひげをいじりながら僕を見下ろし(本当に大きいのだ)た。そして、「この店を友人から聞いた」とぶつ切りなしわがれ声で言った。「ありがとうございます」と返すと、男は、フウゥームウン(字で書くと変だが)とジャバ・ザ・ハットみたいな野太い吐息を吐いた。「君、今から家に来てもらえないかな」そして彼は初めて僕の目を見た。上まぶたと下まぶたが黒目に接していない、そんな剥き出しの視線だった。

その時、その剥いた目(確かにあの目はダリや岡本太郎などに近い)に僕はなんらかの直感を感じた。試されているのか?この目は・・ああ間違いないな・・これは人を試している人間の目だ。即答だ。即答しろ。と自分に念じた。蛇に睨まれた蛙という言葉があるが、それに近い。すぐに口が開かなかった。しかし、こちらも自負がある。接客業として散々修羅場をくぐり抜けてきた自信だ。目の前で床の間の日本刀を抜かれたこともある。「かしこまりました。参りましょう」ようやく声が出た。少し声が震えていただろうか。彼の顔を見た。口の端が微かに笑った。ぎりぎり合格したということなのだろう。結局、僕は手ぶらでその戦車に乗り込んだ。

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ナツ「大変!社長が連れて行かれた!!」
佐々木「うん。あれはちょっと普通じゃなかった」
ナツ「え?人さらい?ってこと?」
佐々木「まずいわね・・・」
ナツ「け、け、け、警察に・・」

これはその後二人から聞いた話。2時間経って連絡がなかったら、警察に連絡する予定だったそうだ。

つづく。


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