2014年1月10日金曜日

冬の影

天気予報士が今年一番の寒さと言っている。僕はメジャーと三角スケールを持って電車にのりこんだ。いろんな事情が重なり、今日は現調に行かねばならない。行く先は奥多摩。ド田舎だ。なぜ僕(社長)自ら一般客の現調に行かなければならない?どうしてこんな事になったんだっけ?考えながら青梅線からの景色を眺めていた。

毎日各店から日報が届く。その額は数百万、時には一千万を超えることもある。僕の日課はそれをまとめながら、各店の店長やマネージャーに今後の指示をする。これが基本的な仕事だ。常に企画、商品構成、コネクション作りに従事し、どこかに無駄がないか、どこかに機会損失がないか、虎視眈々と見ている。つい先日もある店長に「そんな単価の案件に経費をかけ過ぎだ。無駄な現調に行くだけでどれだけの利益を損していることか」と注意したばかりだ。

奥多摩の案件は、それを言うなら確実に無駄な動きだな。そう思って一人苦笑した。今から向かう客宅の奥さんは予算に厳しい。しかも、今回のオーダー家具はちょっとした整理棚だ。10万円にもならないだろう。…と書くと、なんだ君は、売上高でお客様を差別するのか?とか言われそうだ。いや、差別などしない。しかし、僕のするべき仕事ではないとは思う。

ではなぜ今僕は奥多摩に向かっているのか?誰かに任せても良かったのに。

自分でもよく分からなかった。

降りた駅には人がいなかった。犬も猫もいなかった。ただ澄んだ冬の大きな空が広がっていた。Googleマップを片手に早足で歩く。幸い物件は駅から近かった。5分で着いた。奥さんが外で待っていた。青山のお店で会った時とは様子が違う。もっとキツイ表情じゃなかったかな。なんかほのぼのとした顔をしてるぞ。

ここに書棚が欲しいのよう。奥さんが指差した扉脇のちょびっとした場所。目算で読みが正しかったことを知る。10万いかないな、うん。コタツに入り、ザッとしたデザインをする。ご夫婦は真剣に聞いている。説明、質問、線を引く。そのデザインに対する質問、それに答える、を繰り返す。
コッチ、コッチ
…って古時計の音が静かに響く。

突然、僕は既視感に捉われた。なんか昔、こんなことあったな。コタツに入って、スケッチ書いて、それを、ご夫婦が真剣に覗き込んでいて、猫やら犬が僕に乗ってきて…。ここには猫やら犬はいないけど。そっか。そうだ思い出した。茅ヶ崎だ。独立したての頃はいつもこんな仕事のスタイルだったよな。なんか家具作るものないですか?って家を訪問したりして。いつもこんな感じのシチュエーションだった。

10万円の仕事なんて超嬉しかったよ。お金にならない仕事もたくさんしたな。その日の売り上げ全部居酒屋で使って、それでも、明日また売りゃいーじゃんって笑ってたな。お客さんとよく喧嘩した。俺はそんなもん作んねーとか平気で言ってたからな。

顔が変に熱くなってきて、奥さんに心配された。暑い?いえ。昔、こんな風に仕事してたな〜ってふと思い出しまして。正直に答えたら、あら、それは良かったわね。サラッと彼女は言った。大事なことよ。そう言ってまた笑った。

お宅を後にして、トボトボと駅に戻る途中。地面にクッキリ映る自分の影に、ふと立ち止まった。未だ目の周りが熱かったけど、泣くまでには至らなかった。泣く理由なんかないし。

冬の陽射しに映る影は濃くて暖かいな…。

とか…そんなことを、ただボンヤリと考えていた。