2013年1月10日木曜日

ありがとう


「野田店長大変です!!」「なんだよ」「閉じこもりました」「は?」「仕事をもうしたくないって言ってます」「は?」「トイレから出てこないんです」「なんで?」「さっき店長が・・」「俺が?え?怒ったから?」「そうだと思います」「まじで?」

その子は23歳で大学を出たばかりの新人の女の子だった。見た目はどこにでもいる可愛らしい子だけど、純粋無垢で「天然のくせにやたら頑固」っていう性格の持ち主だった。言う事はいちいち自信満々のくせに内心はすごく臆病で、口癖は「どうせ私は何もできない。やらせてもらえない」で。

その時僕は33歳。青山のとある小さいインテリアショップ(今は大きいけど)の店長をしていた。とんでもなく厳しかったと思う。自分の勤めるそのお店が、どうやったら日本一になることができるのかって、本当に毎日毎日考えていた。自分に厳しいのもそうだったけど、スタッフにも相当厳しかった。一回一回の接客に「命をかけろ。じゃなけりゃ今すぐ店辞めろって」毎日怒鳴っていたと思う。雇われ店長なのにね。変なの。

「出てこいよッ」店のトイレのドアを蹴る「やだーーー」「店開店してんだっつの」「やだーーーーーー」「お前、さっきのは言われて当然のことだろ?」「やだーーー」「いや・・『やだーって』・・・?」どういう意味?振り返って他のスタッフに聞いてみる。「さあ・・。」そうだよな意味わからん。

どうやってトイレから出てきたんだっけな。忘れた。けど、その女の子のその後の仕事の軌跡はもう見事なものだった。なんて言えばいいんだろう。コミュニケーションの天才なんだな。それも友達を作るとか、上司とうまくやるとかいう一般的なことではなくて、ショップ内で接客する時だけに発揮する相手と分かり合う術に、1000人に1人くらいにしか持ち得ないないほどの勘を持っていた。天性の勘ってやつだ。

そしてもう一つのスキルは吸収力の早さだった。教えられる事にまったく疑いを持たないから周りのスタッフの10倍くらいの早さで仕事を覚えていく。だから僕も教えるのが楽しかった。洗練されていくスピードが尋常じゃなかった。接客時の立ち振る舞い、ポイントの詰めどころ何度鳥肌がたったことか。

「店長?」「何?」「なんで私が副店長じゃないんですか?」「あー・・(汗)」

ある日の朝。会社の人事があった時だ。彼女の同期の男が彼女を差し置いて副店長に任命された。

「私、彼に売り上げで負けた事がありません。業務のレベルだって負けてない」「そうだな」「じゃ何で?」唇を噛んでうなだれている。「わかった社長に聞いて来るよ」

社長の答えは簡潔だった「女だから」「え?」「結婚とか妊娠とかいつ辞めるか分からないだろ?」「そうですけど・・・」

僕は正直に彼女にそれを伝えた。「納得いきません」「・・・だな」「店長だって言ってたじゃないですか。仕事は成果だって。それ以上に優先されるものなんてないって」「うん。言ったよ」こっちまで泣きたくなる。悔しくて。

朝礼で副店長になった男の子が所信を話している。ハキハキと・・・ハキハキと!
僕はこっそり振り返る。泣いてたりしたら面倒だなと思って。

彼女は顔を上げていた。あごを少し上げて、だらっと立って、新任の副店長ではなく、どこかあらぬ方にその目を爛々と光らせていた。ワタシハゼッタイユルサナイ。全身でそう言っていた。青白い炎の柱が立っているようにさえ見えた。「あらぬ方角に目を向けて・・・」すぐにわかった。彼女が許さないのは社長じゃない。副店長でもない。ましてや僕でもない。自分だ。全身全霊で自分を許してないんだ。

そうだね。僕らはプライドを守るために日々戦っている。自分はこうじゃない。こんなはずじゃない。そう思って前に進んでいる。もうちょっと、もうちょっとって。あきらめたっていいじゃん。普通でいいじゃん。そのほうが楽だよ。それも分かる。でも僕らは違うんだよ。どこかしらそういう人とは違って生まれて落ちて来たんだよ。

だから・・いつかここじゃない所に行こう。僕は息を止めて彼女を見ながらそう思った。

「なぁ、俺がお店を作ったら一緒にやろうぜ?」
店の前の居酒屋で彼女と飲んでいる時、そんな事を言ってみた。近頃はそんなことは考えてもいなかった。もっと自由にもっと自分たちがしたいことをするんだよ。だれにも止められない自分たちの領域を作ろうよ。ほら、俺前に言ったじゃん。建材と家具を同時に売る店をやりたいんだって。手伝ってよ。「えー?店長がーー?無理ーーー!」豚キムチの皿を箸でつついている。こうやって見るとまだ子供なんだけどな。

でも、彼女は、
僕の目をまともに見ながら
「いいよ」
「やるよ」
そして、
ニコーッて笑って
「やるよ!」
もう一度言った。


そして12年。
時間は流れる。
轟々と。

僕は少し痩せてひげ生やして社長になり
彼女はキレイなまま、
でもすっかり大人の女性に変貌をとげて
・・・副社長になった。


流れ去る日々はいろんなものを壊していく。
でも、
その代わりにたくさんの大事な記憶や思い出を残していく。
そして、
その時間を逃げずにくぐり抜けてきた僕らだけが持ち得る
尊い宝物を胸に抱えて。

僕らは・・・・。

いまもこうして
あいかわらず
ここにいる。
















ありがとう。
いや、
おたがいにな。